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2015年11月29日 (日)

不思議なこと3

アメリカから帰った父は、トウモロコシの収穫に追われ、電話をしても、トウモロコシの話ばかり・・・

自宅の周りに植えたともモロコシを、子供たちや、親戚に段ボールに詰めてせっせと送った父。それが、最後の贈り物とは、その時はだれも思いもよりませんでした。「足が痛い」と言いながら、近所の人に手伝ってもらい収穫をし、段ボールの三箱も送ってくれ、私も友人に配りまくりました。

時々、電話を入れたら、トウモロコシの話と、足が痛いという話、元気そうな様子に安心をしていました。

Amerika2010

6月の17日に夕方、仕事の帰宅途中、ちょっと時間ができたので電話を入れたら、いつも通り元気そうで、しばらく話し、今日は「少ししんどい」と言うので、「トウモロコシの疲れが出たのかもね、早く寝てね」と電話を切りました。

18日の真夜中の四時前に、東京の弟から「父が危篤と田舎から連絡」電話が入り、田舎へ一便の飛行機で行くと連絡が・・・

私も、ほかの妹達に連絡をしたり、田舎へ帰る飛行機の手配をネットでしたり・・・

松山からは、鹿児島へ三時前出発の飛行機が一便だけ。

覚悟を決めて、しばらく留守になるかもしれないので、準備をしたりしているうちに家族が起きてきました。

弟は、東京からなので、昼前に田舎へ到着、近所の父の友人が泣きながら、息のあるうちに合わそうと、病院まで飛ばして行ったそうです。病室の前には父の友人や親せきの方が集まっていたそうです。

弟が病室へ入ると、酸素吸入器を装着された父がいたそうです。

弟が、「おやじ、おやじ!」と叫ぶと、目がぱちぱち動いたそうです。

「生きてる?」と、弟は、お医者さんを呼び、それから、処置をしたり、大騒動!

なんと、「生き返った?」

だって、お医者さんは、「ご臨終ですので家族を・・・」と言うことだったので・・・

Amerika2046

父は少しずつ意識が戻り、私や妹たちが駆け付けた時は、「わかる?」と声をかけたら、うなずくまでになっていました。

次の日父の症状をお医者さんから説明されたら、肺に水が溜まり(たぶん徐々にたまったのではと言うことです)溺れている状態になったということでした。

肺から水を取り除く治療をしたので、日々元気になり、三日目には退院すると大騒動。

妹や弟たちは、一段落したので、帰宅、私は、退院するまでは帰れないので、残ることにしました。

Amerika2041

大人になり、何十年ぶりかに弟、妹二人、私と、水入らずで色々と、家にある昔の写真を見ながらか語りあいました。

こんな時間を持てたのも父のおかげと言っては何ですが、本当に父のおかげでした。兄弟のきずなを確認したひと時でした、お互い家族を持つと兄弟だけで会うことはないでしょう、一生に一度の事でしょうねきっと。

Amerika155

みんなが帰宅した後、入院中の父は、少し、認知が出てきたのか、夕方になると、どこにいるのかわからないらしくて、大騒ぎをしたり、点滴を外したり・・・

生死をさまよってたのが嘘のように元気になり、元気すぎて病院から追い出されるように退院。

Amerika2066


(アメリカのスクールバス)

退院した次の日は、お世話になっているデイサービスにご挨拶に行ったり、また、温泉に行こうとしたり、畑に出ようとして止める私と大喧嘩。

元気になったのはいいけど、今思えば、何かにつかれたようにいろんなやり残したことをしたかったのかな?

弟のお嫁さんも来てくれて、父を一人で置いておくのは限界なので、「東京に治療したり、遊びに行こうか?」と説得しようとしたら。

二つ返事で、「もういかんといかんかな?いいよ。」と言う返事だったので、気が変わらないうちにと、すぐにチケットを予約。

父と、お嫁さんと三人で、東京へ向かいました。

Amerika2003
画像は「アメリカ」

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