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2015年11月

2015年11月29日 (日)

不思議なこと3

アメリカから帰った父は、トウモロコシの収穫に追われ、電話をしても、トウモロコシの話ばかり・・・

自宅の周りに植えたともモロコシを、子供たちや、親戚に段ボールに詰めてせっせと送った父。それが、最後の贈り物とは、その時はだれも思いもよりませんでした。「足が痛い」と言いながら、近所の人に手伝ってもらい収穫をし、段ボールの三箱も送ってくれ、私も友人に配りまくりました。

時々、電話を入れたら、トウモロコシの話と、足が痛いという話、元気そうな様子に安心をしていました。

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6月の17日に夕方、仕事の帰宅途中、ちょっと時間ができたので電話を入れたら、いつも通り元気そうで、しばらく話し、今日は「少ししんどい」と言うので、「トウモロコシの疲れが出たのかもね、早く寝てね」と電話を切りました。

18日の真夜中の四時前に、東京の弟から「父が危篤と田舎から連絡」電話が入り、田舎へ一便の飛行機で行くと連絡が・・・

私も、ほかの妹達に連絡をしたり、田舎へ帰る飛行機の手配をネットでしたり・・・

松山からは、鹿児島へ三時前出発の飛行機が一便だけ。

覚悟を決めて、しばらく留守になるかもしれないので、準備をしたりしているうちに家族が起きてきました。

弟は、東京からなので、昼前に田舎へ到着、近所の父の友人が泣きながら、息のあるうちに合わそうと、病院まで飛ばして行ったそうです。病室の前には父の友人や親せきの方が集まっていたそうです。

弟が病室へ入ると、酸素吸入器を装着された父がいたそうです。

弟が、「おやじ、おやじ!」と叫ぶと、目がぱちぱち動いたそうです。

「生きてる?」と、弟は、お医者さんを呼び、それから、処置をしたり、大騒動!

なんと、「生き返った?」

だって、お医者さんは、「ご臨終ですので家族を・・・」と言うことだったので・・・

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父は少しずつ意識が戻り、私や妹たちが駆け付けた時は、「わかる?」と声をかけたら、うなずくまでになっていました。

次の日父の症状をお医者さんから説明されたら、肺に水が溜まり(たぶん徐々にたまったのではと言うことです)溺れている状態になったということでした。

肺から水を取り除く治療をしたので、日々元気になり、三日目には退院すると大騒動。

妹や弟たちは、一段落したので、帰宅、私は、退院するまでは帰れないので、残ることにしました。

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大人になり、何十年ぶりかに弟、妹二人、私と、水入らずで色々と、家にある昔の写真を見ながらか語りあいました。

こんな時間を持てたのも父のおかげと言っては何ですが、本当に父のおかげでした。兄弟のきずなを確認したひと時でした、お互い家族を持つと兄弟だけで会うことはないでしょう、一生に一度の事でしょうねきっと。

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みんなが帰宅した後、入院中の父は、少し、認知が出てきたのか、夕方になると、どこにいるのかわからないらしくて、大騒ぎをしたり、点滴を外したり・・・

生死をさまよってたのが嘘のように元気になり、元気すぎて病院から追い出されるように退院。

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(アメリカのスクールバス)

退院した次の日は、お世話になっているデイサービスにご挨拶に行ったり、また、温泉に行こうとしたり、畑に出ようとして止める私と大喧嘩。

元気になったのはいいけど、今思えば、何かにつかれたようにいろんなやり残したことをしたかったのかな?

弟のお嫁さんも来てくれて、父を一人で置いておくのは限界なので、「東京に治療したり、遊びに行こうか?」と説得しようとしたら。

二つ返事で、「もういかんといかんかな?いいよ。」と言う返事だったので、気が変わらないうちにと、すぐにチケットを予約。

父と、お嫁さんと三人で、東京へ向かいました。

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画像は「アメリカ」

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2015年11月28日 (土)

不思議なこと2

アメリカから帰り、東京で、しばらく滞在。

弟や妹たち家族で、アメリカの旅行話に花が咲きました。

スカイツリーへも行きました。

みんな初めてのスカイツリーでしたが、車いすの父を連れていたため、専用口から専用エレベーターへと並ぶこともなくスカイツリーのてっぺんまで上がれました。

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柴又の寅さんに会いにも行きました。

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大洗の水族館ではマンボウに会いに・・・

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今思えば、いつもは我儘爺さんの父が、どこへ連れて行ってもご機嫌な父でした。

暫く東京に滞在した後、父を連れて、田舎まで送り、またしばらく田舎滞在。

田舎では、ご近所さんや友達が、来てくれて、お土産話にご機嫌な父でした。

子供たちが、料理掃除と、留守宅を守ってくれたので、ゆっくり父に付き合うことができ、娘たちに感謝です。

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2015年11月27日 (金)

不思議なこと1

急に寒くなりました。

冬の嫌いな私は、少しだけ身の回りの整理をはじめ、冬籠りの準備中。

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あと数日で12月、早いな!今年は色々なことがありました。

ゴールデンウィークには、父と一緒にカルフォルニアへ行ってきました。

カルフォルニアには父の姉が住んでいます。

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私が昨年末に「春になったらアメリカに行こうか?」と言うと、「行こう」と二つ返事でした。

父の姉は、一人暮らしの八十代後半、四~五年一度くらいは日本へ遊びに来ますが、年齢よりずいぶん若く見え、いつも父の妹と間違われます。

ゴールデンウィークの前に父を迎えに行き、羽田からアメリカへ

二週間弱の滞在でしたが、叔母の案内で毎日名所を観光をしました。

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叔母が通っているフィットネスや、体操教室へ行ったり、いつも食事へいくお店をすべて案内、、叔母の生活ぶりを体験しました。

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ナイフとフォークが必須のハンバーガー

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そうそう、アメリカのお寿司は、意外とおいしい!

五年前に行った時はいまいちでしたが・・・
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教会へ行ったり、音楽会へ行ったり、マザーズディのお祭り(日本の露店の夜店みたいな催し)へ行ったり・・・

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そして、叔母が眠るお墓も見せてもらい、父は安心したようです。

叔母は世界中どこで最期を迎えても、そこへ迎えに来て埋葬までしてくれるという保険に入っているそうです。日本では聞かないですが、いろいろあるものですね。

後で、父の企みが発覚したのですが、父は叔母を日本へ連れ帰るつもりだったようです。

だから、心臓の悪い飛行機嫌いの父が素直にアメリカ行きを承諾しんだ。

っと、あとで、兄弟で話しました。

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アメリカからは、ボストンバックいっぱいのチョコレートを詰め込んで帰りました。

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