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2017年8月

2017年8月29日 (火)

Oakland Temple

先週
観光ガイドを見ていたら人気スポットに「Oakland Temple」と言うのがあったので早速グーグルで検索、アラメダから車で20分ぐらいで行けるようなので早速行ってみました。
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手入れがされたすてきな庭園
叔母は着いたときは歩くのがいやで「 車の中にいるから 写真を撮っておいで」と。
私は、二三枚写真を撮ってから叔母に「バラの香りが凄く良いよ」と車から連れ出した。
渋々降りたが噴水の音に喜んでご機嫌になった。
いつも、新しいことや自分が知らないことは最初いやがるが興味があることに話を持って言って車の外に連れ出せば、感情豊かな人なので何にでもすぐ感激する!
中央は人工的な川になって流れています。
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私も少し歩いて写真を撮っていたら、叔母が見えない?どうしたんだろうと探すと、建物横の自然の山の方にいて「ここは素晴らしい景色だ」とご機嫌!
私がそろそろ帰ろうかというと、反対側にも行くと言う。歩くのを嫌う叔母が珍しいことだ・・・
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反対側の場所へいくと隣の町が見下ろせる。素晴らしいビュー
木陰でしばらく二人で景色を堪能した。ひろいな~~~~
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向こうに見えるのはサンフランシスコ湾です。
帰りにシーフードパスタとピザで夕食を済まして帰宅しました。
 
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おしゃれなレストランに入ったのは良いが、このスパゲッティ20ドルもした!
メニュー見てびっくり!どれも高い!
 

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2017年8月28日 (月)

ホスピタル

 
叔母が一週間ほど鼻水が出るのが気になっていたのですが、昨日の朝、咳が出始めて、「ホスピタルへ行く」というのでお供しました。
病院へ本人が行くって言うなんて珍しいことなので、大丈夫そうだけど喘息引き起こしても困ると思って行ってきました。
こちらの方は風邪ぐらいでは病院行かないので、レントゲン撮ったり大騒動 。ま、心臓病に喘息に高血圧で90歳ですからね。
 
日本語のわかる人が居ないので、電話で三者通話のような形で通訳をつなげて叔母の症状の説明を求められました。
いつも聞かれるのはだいたい同じですが、今回は、「痛みは10段階でどのくらい?」と言う質問があり、「風邪で痛みって???」とおもったのですが「我慢できるようなので4から5ぐらいです」って言ったんだどね。
あと、いつも質問されるのが、「家で虐待をするひと人は居ませんか?」って。私が看護師さんに「にっこり」笑ったら通訳の返事を聞かないで「OK」って電話を切ったんだけど・・・
こんな質問があると言うことは、虐待が多いのかな~~?
でも、老人を二階に寝かせるのも虐待!ってなることもあるらしい!無理に階段を上がらせるのが虐待だって!所変われば・・・
うちの叔母の場合は、足腰元気なので(90歳にしては)二階に上がるのが大変だと言ってベットを一階に持ってきた方が環境が変わってボケが進んじゃうかも・・・・
本人がきっと「年をとったら一階で寝るよ」って言うかも!(充分年ですがって突っ込みたくなる)
咳止めを処方していただき帰ったのですが、今日「病院行ったのに咳が治らん!」と怒っていました。
明日にはよくなるでしょうけど・・・
椅子があるとこが受付で外と遮断されている。
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今朝はなかなか起きてくれなくて、教会へ行く日だったので本人も頑張って起きました。時々咳はしてるけど熱もないし元気そうなので行くことにしました。
今日は、最後の日曜日、一軒一個の料理を持ち寄ってのランチの日です。私はちらし寿司を作って食べやすいようにカップに入れたら、全部なくなりうれしかったです。
みなさんは、サラダやオーブン料理が多いです、今日は少なくて20種類ぐらいでした。デザートも数十種類フルーツ、チョコケーキ、クッキー、ゼリー、チョコ、カップケーキetc・・・
今日のチョコケーキはチョコが濃厚でとっても美味しかったです。
せっかく減らした体重が戻りそう・・・・・
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2017年8月23日 (水)

SOUTH SHORE

近所のショッピングセンターの中庭

椅子がすてきなので・・・

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噴水

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                                  オブジェ

                                  奥に見えるのはすてきなパスタの店

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ワンホールのケーキ

これは、実は周りは棒のゼリー 上は日本で言うマーブルチョコ

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2017年8月15日 (火)

コメント

サルスベリの花が満開、まるで日本の桜のよう至る所で見ることができます。
1時間ぐらいで行ける、ブランドのアウトレットの駐車場
私はCOACHとGUCCIの店をのぞいてみました。
 
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2017年8月11日 (金)

今年二回目のサンフランシスコ2

叔母がお世話になる施設は日本人が経営する大きな一軒家を改造したホームでした。
叔母は運良く一人部屋がちょうどあいたところでした。
叔母の家の少しの家具や身の回りの品を揃え、「これからはここでみなさんのと生活しましょうね」と所長さんに言われ「何で私は家があるのに、ここに住まないといけないの?家のバスルームより小さな部屋はいやだ」と・・・・
私も妹も開いた口がふさがらない!
有り難いことに所長さんは日本語がわからない人だったのでよかったけど、焦りました。
 
今思えばあの時は、入院のせいだったと思うのですが、認知症状が酷くって、何度も同じ事を繰り返します。
何度も話し、なんとか納得してもらって、人と話すのが大好きな叔母なのでなれるだろうと・・・(甘かった!永年一人暮らしの自由人の叔母には無理でした。)
 
そして、日本人の料理人で元はお店をしていたという食事担当の男の方が叔母をなだめてくれました。そこは、日本人が10名ぐらいの小規模な滞在型の施設でした。
私たちは、帰宅日が決まっていたので、叔母の家の片づけ、掃除をしながら妹と一週間、毎日施設へ通いました。
今でなら、叔母の自宅から、30分もかからなくて行けるとこですが、あの頃はフリーウェイが怖くって、倍近い時間をかけて命がけで(大げさ?ではない)迷いながら行っていました。
フリーウェイも降りたくないのに出口に誘導されたり、降りれなかったり、あの時の苦労があるので今はどの道も平気で日本のように走っています。
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帰国して、二週間後、叔母が施設を抜け出して何度もタクシーを止めて自宅に帰ろうとしているところを職員さんに見つかり連れ戻されていると連絡がありました。
門の扉にかんぬきも設置したようですが(決まりで鍵をかけることはできない)少し認知が入ったぐらいなので難なく逃げ出せたようです。
そのうち、気が強い一人暮らしが長い叔母なので、自分の思うようにならないとストライキしたり、大声でおこったりするので、施設では面倒を見ることが難しいと連絡がありました。
大声で怒ったり、物を蹴ったり、逃げ出したりするような人はアメリカでは鍵のかかった病院へ入らされることもあるので、早く迎えに来てほしいと・・・・
 
そんなことを言われても・・・・・
 
私も仕事があるので、すぐには行けず十日ほど行くまでにかかりました。
その間にも何回も連絡があり、午前中はおとなしいが、午後から行動が激しくなるので夕食までの何時間か叔母に付きそう人を雇いたいと言われました。これは仕方がないので言うがままにお願いするしかない。
後で、この十日間の請求書を見てびっくり!日本円で10万以上でした。
 
そんな訳で叔母を自宅に引き取り施設探し。
ケアマネジャーさんと何カ所も見学に行って、食事も試食して、本当にすてきなとこばかりでした。
しかし、叔母は、「年をとったらね、老後はね」って・・・・
「いやいや、十分年はとっています、今が老後ですが・・・」と妹と私。
どこも、月の費用が7,000$~10,000$なんですよね。日本だと100万ぐらいかな~?
 
叔母の周りの人たちはみんな結構長生きで90歳前後がゴロゴロいますが、皆さん家族が見ているようです。
みなさん元気で、教会へも家族が連れてきているし、認知のおばあさんも毎週お茶会にも家族が連れてくるし、体の不自由なおばあさんも車いすで家族が連れてどこへでも参加します。
叔母を連れ帰って一週間、不思議なことが起こりました。
叔母の認知が直ったのです。と言うか、軽くなった?
もちろん年相応に物忘れはしますが、ほとんど普通と変わりない状態。
施設ではできないできないと言われていた事、すべてできます。何だったのだろう?
 
お風呂も自分一人ではいるし(はじめは怖くて外で見守っていた)歯磨き、洗顔、着替え、すべて一人でできます。
ベットメーキングも自分でやります、寝る前のガス、電気、戸締まりの点検もパーフェクト。
かと言って、一人暮らしはダメだと認定されたし、車の運転も禁止されたし、困った・・・
 
考えに考え、家族、兄弟と相談して、当分の間、妹と二人で交代で一緒に居てあげることにしました。
 
なぜって?
 
叔母は私たち兄弟が小さい頃からクリスマスにはいつもプレゼントを贈ってくれました。
仕事を引退し、叔父が亡くなってからは、日本によく来てました。初めて日本に来たときアメリカのお土産で缶入りの大きなバームクーヘンを初めて食べた時のおいしさ、今も忘れません。だから、小さい頃からアメリカに叔母さんが居るのは当たり前のことで・・・・・
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父が、叔母のことだけが心配でいつも日本に連れて帰ってくれと頼まれていました。
私とアメリカに叔母に会いに来た二ヶ月後に父は帰らぬ人となりました。先月三回忌を済ませたばかりです。
頑固で我儘で父とそっくりな叔母、こんなに、自分の家が大好きで、アメリカで小さな体で頑張ってきた叔母、叔父が亡くなってからはこの広い家でひとりでさみしかったことでしょう。毎日ドライブへ行って、一人で食事をして、誰かと話したかったのですね。
 
「Peggy叔母さん、
貴方がこの家で暮らすことにしばらく、お付き合いしましょうかね!」

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2017年8月 9日 (水)

今年二回目のサンフランシスコ

7月29日夜8時に羽田を出発、同じ日の午後2時前にサンフラシスコに到着。
今回は娘も一緒に来て10日間ほど観光しました。
私が日本にいた三ヶ月、仕事や法事そして田舎の家の掃除と整理、あっという間の出来事でしたが、サンフランシスコにいた妹には、長い長い三ヶ月だったようです。
娘と妹がいた間は、四人で賑やかに毎日あっちこっちと観光したり、買い物したりでしたが、今週は月曜日のお茶会と病院が終わって一気に二人だけで静かな日々を過ごしています。
時間があるので、ついついいろいろ料理を作りすぎて、たくさん食べてしまう。
フルーツとお肉がおいしくて困ったな。カロリー気をつけなくちゃ・・・
 
スペアリブ 甘辛煮
エビとパスタの炒め物
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                   セミエビとサーモンのフライ
                   昆布と揚げの炊き合わせ
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昨年の夏に叔母が転んで入院してると連絡があり、私も仕事が入っていてすぐにはいけず、9月に入って妹とサンフランシスコへ来ました。
叔母は、今年90歳になりますが、その時一人暮らしだったので、病院から退院するには、誰かが24時間一緒に見守るか施設へ入るかどちらかの選択しかないと言われ途方に暮れました。
病院も本人が元気なので、早く出てほしいということで、いろいろ施設を探してみると、運良く日本人が経営している少人数のホームが見つかり、病院からそちらへ移ってもらいました。
少し、認知が入りかけていて説得は大変でしたが、すべての準備、手続きも終わり、後ろ髪引かれる気持ちもあったのですが、ホッとして妹と帰国。
 
このとき、叔母さんの日本人のお友達や、教会の方が親身になって何もわからない私たちを助けてくれたのでなんとかやれました。
アメリカの方達は、というか教会の方達が、すごく親身になって世話をしてくれました。
 
それなのに、なぜ私と妹が交代でサンフランシスコにいるのかというと・・・・
長くなりますので、続きはまたこんど。
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      大好きなターキー(チキンハム)のベーグルサンドイッチ

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